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第十五話 修羅①

last update Last Updated: 2025-07-05 17:31:43

 目的の部屋の前で、雛は息を整えながら胸を押さえた。

 逸る心に合わせ、心臓の音がやけにうるさく聞こえる。

「ここだ……」

 屋敷の見取り図や部屋の位置は事前に確認済みなので、間違えることはない。

 緊張しながら、雛は目の前にある障子をそっと開いた。

 部屋の真ん中で、布団に眠る男が目に飛び込んできた。

 雛は音を立てないように慎重に近づいていき、男の側で佇む。

 そっと刀を抜き、男の胸に切っ先を向けた。

 手が小刻みに震える。

 初めて人を殺すのだ、無理もない。

 それに、雛にはまだ迷いがあった。

 本当にこれしか道はないのだろうか……人を殺めない別の道があるのではないか、と。

 しかし、伊藤の言葉を思い出した雛は、決意を固める。

 これは大義のため。

 平和で皆が笑って暮らせる世をつくる為なのだと、自分に言い聞かせる。

 そのとき、男の目が突然開いた。その瞳が雛を捉える。

「貴様っ、何者だ!」

 雛は目が合ったことに動揺し、少し動作が遅れてしまった。

 その間に男は雛のもとから逃げ出した。

「であえ! であえ!」

 男の掛け声に、四方八方から護衛たちが姿を現した。

 あっという間に雛は取り囲まれてしまった。

 もうやるしかない!

 雛の目つきが鋭く変わった。

「……何奴?

 貴様、大名の命を狙ってただで済むと思うのか? 皆の者かかれ!」

 剣士たちが一斉に雛に飛びかかる。

 はじめに斬りかかってきた三人を、目にも留まらぬスピードと鮮やかな剣さばきで風の如く斬り倒していく雛。

 その様子を目の当たりにし、後に続こうと構えていた男たちがたじろぐ。

「な、なんなんだ!」

「こいつ、ただ者ではないぞっ」

 雛を警戒し、皆が一歩下がる。

「ええい! 何をしている! かかれ!」

 大名が怒鳴り散らすと、男たちは勢いよく雛に襲いかかってきた。

 一人
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